東京地方裁判所 昭和60年(ワ)6489号 判決 1988年9月27日
原告 平野晃二
<ほか六名>
右原告七名訴訟代理人弁護士 丸井英弘
被告 山中信男
被告 犀川季久
右被告両名訴訟代理人弁護士 犀川千代子
被告 甲野太郎
被告 乙山春夫
右被告乙山春夫訴訟代理人弁護士 山下純正
主文
一 被告山中信男は原告平野晃二に対し金一六三五万二一七七円及び内金五七五万二一七七円に対する昭和五五年一月一日から、内金一〇六〇万円に対する昭和五五年一二月二〇日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告甲野太郎は原告平野晃二に対し金二五八五万二一七七円及び内金一一七五万二一七七円に対する昭和五五年一月一日から、内金三五〇万円に対する昭和五五年四月四日から、内金一〇六〇万円に対する昭和五五年一二月二〇日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告山中信男は原告堀丈夫に対し金三五八万三九〇四円、原告西山七郎に対し金二一一万一二九三円、及び右各金員に対する昭和五七年一一月一日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 原告平野晃二の被告山中信男、同甲野太郎に対するその余の各請求、原告西山七郎、同堀丈夫の被告山中信男に対するその余の各請求、及び原告平野晃二、同堀丈夫、同西山七郎の被告乙山春夫、同犀川季久に対する各請求、並びに原告神門蔚、同今井一清、同大井章達、同永島広明の被告山中信男、同乙山春夫、同犀川季久に対する各請求はいずれも棄却する。
五 訴訟費用は、原告平野晃二に生じた費用はこれを一〇分しその五を被告甲野太郎の負担としその三を被告山中信男の負担としその二を原告平野晃二の負担とし、原告堀丈夫、同西山七郎に生じた費用はいずれも被告山中信男の負担とし、その余の原告ら及び被告甲野太郎に生じた費用はそれぞれ各自の負担とし、被告山中信男に生じた費用はこれを一〇分しその四を被告山中信男の負担としその余を原告らの負担とし、被告乙山春夫及び同犀川季久に生じた費用はいずれも原告らの負担とする。
六 この判決は原告勝訴の部分に限り原告平野晃二において被告山中信男に対し金五〇〇万円、原告堀丈夫において被告山中信男に対し金一〇〇万円、原告西山七郎において被告山中信男に対し金七〇万円の担保をそれぞれ供するときは、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 原告平野晃二に対し被告らは各自金二六四〇万七九七七円及びこれに対する昭和五五年一月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
2 被告甲野太郎を除くその余の被告らは各自、原告神門蔚に対して金一〇六二万〇九四二円、原告今井一清に対して金六一四万八〇七〇円、原告大井章達に対して金六八五万二六七〇円、原告堀丈夫に対して金三五八万三九〇四円、原告西山七郎に対して金二一六万一二九三円及び右各金員に対する昭和五七年一一月一日から支払済みまで年六分の割合による金員をそれぞれ支払え。
3 被告甲野太郎を除くその余の被告らは各自原告永島広明に対して金一七〇万円及びこれに対する昭和五六年二月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は被告らの負担とする。
5 仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 被告甲野太郎は本件口頭弁論期日に出頭しないが、その陳述したものとみなされた書面には、現在(昭和五八年一〇月当時)受刑服役中でありどうすることもできないとして、請求の趣旨を争う旨の記載がある。
2 被告甲野太郎を除くその余の被告ら
(一) 原告らの請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
訴外三和開発株式会社(以下「三和開発」という。)は土地造成分譲販売、建売住宅等の建築、販売等を目的とする会社であるが、後記のとおり昭和五八年一月三一日不渡手形を出して事実上倒産した。
被告山中信男は昭和五七年五月二九日まで三和開発の代表取締役であった者、被告犀川季久は右同日まで同社の監査役であった者、被告乙山春夫は昭和五五年四月一〇日に三和開発の取締役に就任し、昭和五六年一一月からは専務取締役、そして右倒産の前年から同社の代表取締役であった者、被告甲野太郎は昭和五二年七月以降同社渋谷支社長の地位にあった者である。
原告らは、三和開発から別紙被害状況一覧表記載の不動産(以下「本件不動産」という。)を購入し、又は購入しようとした三和開発の顧客である。
2 原告らの三和開発からの不動産購入
(一) 原告永島を除くその余の原告らは、昭和五二年から昭和五六年にかけて三和開発から不動産を買い受け、三和開発に対し代金を完済し、各不動産の引渡しと所有権移転登記を受けた。その目的不動産、契約日、代金額、支払方法、契約担当社員は、それぞれ別紙被害状況一覧表記載のとおりである。
(二) 右各売買契約においては、次の特約が存在した。
(1) 原告らが購入後三、四年以内に年間一〇パーセントないし二〇パーセント値上りした金額で三和開発が責任をもって転売ないし買戻しをする。そして、この利益を基にして四、五年後に東京都内にマイホームを購入できるようにする(この方式を三和開発の担当社員は「ステップ方式」と呼んでいた。なお、この特約の内容は、原告により若干異なる。原告堀については「一、二年以内に一四〇〇万円から一六〇〇万円程度で三和開発が責任をもって転売ないし買戻しをする。そして、この利益を基にして三年後に東京都内にマイホームを購入できるようにする。」原告西山については「二年後に年間二〇パーセント値上りした金額で三和開発が責任をもって転売ないし買戻しをする。そして、この利益を基にして都内にマイホームを購入できるようにする。」、原告平野については「三和開発が責任をもって転売ないし買戻しをする。そして、この利益を基にして三年後に都内にマイホームを購入できるようにする。」など。)。
(2) 残金の支払いについてローンを設定した原告らについては、三和開発が責任をもって本件不動産を第三者に賃貸し、その賃料収入でローンの金利の支払いができるようにする。
(3) ローンの設定は三和開発が責任をもって代行する。
(4) 右のほか、原告神門については、本件不動産とは別に昭和四八年四月四日同原告が三和開発から代金二〇〇万円で買い受けていた茨城県結城市大字北南茂呂字大野原一六九九番三三所在の山林一二四平方メートル及び同番一の山林一二六六平方メートル(但し、持分三七〇分の八)の土地を昭和五三年三月までに三和開発が責任をもって四〇〇万円で転売する。転売不能の時には三和開発が四〇〇万円で買戻す旨の特約があった。
(三) 三和開発は、右特約(二)、(1)、(4)のような価格で転売できる見込みもなくまた買戻す意思もないのに、社長である被告山中信男以下の幹部が従業員に実現不可能な販売ノルマを課し、「自分より馬鹿な客を欺しても物件を売ってこい。」などと指示して販売させた結果、被告甲野を含む担当社員らは右特約が虚偽のものと知りながらその利点を強調して契約を勧誘したものであり、原告らは本件各不動産が居住用としては東京から遠隔に過ぎるため当初は購入の気持がなかったが、各契約担当社員の述べるステップ方式等の特約事項を信じて売買契約を締結させられたものであって、原告らをして右売買契約を締結させ、また三和開発が原告らを代行してローン設定契約を結ばせた行為は、いずれも三和開発そのもの又は契約担当社員の原告らに対する詐欺の不法行為を構成する。
(四) 右不法行為により、原告ら(但し、原告永島を除く。)は、別紙被害状況一覧表記載のとおり、手付金、中間金、各種保険料、登記費用、固定資産税、本件不動産購入のための住宅ローン設定による金利支払(但し、購入不動産を賃貸できた原告についてはその賃料収入を控除する。)等の出費を余儀なくされ、少なくとも右同額の損害を受けた。三和開発は担当社員による業務執行について原告らに与えた右損害について民法七一五条に基づき賠償義務を負う。
なお、原告神門については、請求原因2(二)(4)記載のとおり、先に三和開発から購入した土地を四〇〇万円で転売又は買戻す旨の特約を信じて本件不動産を購入したものであるところ、これが履行されず、右土地の時価はせいぜい四〇万円であるので、その差額金三六〇万円についても、債務不履行又は民法七一五条に基づき、三和開発は損害賠償義務を負う。
(五) 原告らと三和開発との本件各不動産売買契約には前記(二)(1)ないし(4)のとおりの特約があったが、これに加えて、三和開発が昭和五三年八月三一日、同社から不動産を購入して損害を受けた「被害者の会」との間で、同会に属する顧客らが三和開発から購入した分譲土地を当初販売価格に昭和五三年九月一日から年四パーセントの割合による加算金を加えた金額で買受けることを予約する等の内容の和解契約を結んだことをも併せ勘案すれば、原告らとの間では、少くとも当初購入価格に民事法定利率年五パーセント相当の値上り率で三和開発が転売ないし買戻す旨の特約が有効に成立したものと認めるべきである。
しかし、三和開発の昭和五八年一月三一日の倒産により右特約は履行不能となったので、原告ら(但し、原告永島を除く。)は三和開発に対し債務不履行による損害賠償請求権を有する。
しかして、右原告らは、三和開発が右特約を履行せず、かつローンの支払いの負担に堪えられないため、昭和五七年一一月分以降のローンの支払いを停止したところ、本件各不動産について競売開始決定がなされ、それぞれ競落又は任意売却が行われた。したがって、以下のとおり、特約に基づく売却ないし買戻し予定額と競落又は任意売却価格との差額が原告ら(但し、原告永島を除く。)の損害額であるが、原告らとしては別紙被害状況一覧表の詐欺による損害額の範囲内でこれを請求するものである。
(1) 原告平野が昭和五四年九月一〇日に一五〇一万円で買った本件不動産は、昭和六〇年一〇月一〇日に最低競売価格七二七万円より七七万円低い金六五〇万円で訴外大成住宅ローン株式会社に任意売却された。
したがって、同原告の損害額は、転売ないし買戻し予定額一九五一万三〇〇〇円と右六五〇万円の差額一三〇一万三〇〇〇円である(一五〇一万円×(一+〇・〇五×六年)=一九五一万三〇〇〇円)。
(2) 原告神門が昭和五二年九月一二日に一三一五万円で買った本件不動産は、昭和六〇年一一月一三日に六四八万四〇〇〇円で競落された。
したがって、同原告の損害額は、転売ないし買戻し予定額一八四一万円と右六四八万四〇〇〇円の差額一一九二万六〇〇〇円である(一三一五万円×(一+〇・〇五×八年)=一八四一万円)。
(3) 原告大井が昭和五二年一一月七日に一三〇八万円で買った本件不動産は、昭和六〇年一一月一三日に七三九万円で競落された。
したがって、同原告の損害額は、転売ないし買戻し予定額一八三一万二〇〇〇円と右七三九万円の差額一〇九二万二〇〇〇円である(一三〇八万円×(一+〇・〇五×八年)=一八三一万二〇〇〇円)。
(4) 原告今井が昭和五二年九月六日に一一八九万円で買った本件不動産は、昭和五九年一一月一九日に四一一万円で競落された。
したがって、同原告の損害額は、転売ないし買戻し予定額一六〇五万一五〇〇円と右四一一万円の差額一一九四万一五〇〇円である(一一八九万円×(一+〇・〇五×七年)=一六〇五万一五〇〇円)。
(5) 原告堀が昭和五三年一〇月一五日に一一六九万円で買った本件不動産は、昭和五九年四月五日に最低競売価格五三五万六〇〇〇円より二〇万円高い五五五万六〇〇〇円で訴外大成住宅ローン株式会社に任意売却された。
したがって、同原告の損害額は、転売ないし買戻し予定額一四六一万二五〇〇円と右五五五万六〇〇〇円の差額九〇五万六五〇〇円である(一一六九万円×(一+〇・〇五×五年)=一四六一万二五〇〇円)。
(6) 原告西山が昭和五五年一二月二四日に七二五万円で買った本件不動産(一一五・七三平方メートル)は、いまだ競売手続に付されていないが、市街化調整区域に編入されたこともあって、現時点で転売するとすれば、原告神門の買った本件不動産の最低競売価格単価(一平方メートル当たり九一〇四円)で算出した一〇五万三六〇〇円を上回ることはあり得ない。
したがって、同原告の損害額は、転売ないし買戻し予定額九〇六万二五〇〇円と右一〇五万三六〇〇円の差額八〇〇万八九〇〇円である(七二五万円×(一+〇・〇五×五年)=九〇六万二五〇〇円)。
3 被告甲野による原告平野の被害
(一) 原告平野は、三和開発の渋谷支社長であった被告甲野太郎により、次のとおり金九五〇万円を騙取され、また金一〇六〇万円を横領された。
(1) 被告甲野は、昭和五四年九月二六日ころ、同被告の呼出しにより三和開発渋谷支社に出向いた原告平野に対し、「ステップ方式で都内に住宅を求める場合、平野さんについては先日当社より購入いただいた三和町の物件の転売時の差額利益と手持金、共済組合の貸付金、東京都からの借入れ等によって楽に買えるでしょう。しかし三和町の物件の転売利益だけを見込んでこれに依存するよりも手持金の運用により利益を上げておきませんか。私どもに六〇〇万円を預けてもらえば、これに年間二〇パーセントの利息をつけます。元金一五〇万円分の年間利息三〇万円は三和町の物件の住宅ローンの支払いの賃貸家賃充当分の不足分に当てるよう、その実務処理は支社長が直接担当します。他の多勢のお客様にも協力していただいています。」などと原告平野に対して融資金返還の意思さえないのに虚偽の事実を申し向け、原告平野をして被告甲野の要求に応じれば預託金の元利が保証される一方、これに応じなければ三和町の本件不動産の転売、東京都内の不動産購入に支障が生ずるものと誤信させ、同年九月二九日、三和開発渋谷支社の応接間において原告平野から金六〇〇万円を半年後返還の約束の下に野村証券株式会社五反田支店振出の小切手により交付させてこれを騙取した。
(2) 昭和五五年三月三一日、被告甲野は原告平野を三和開発渋谷支社に呼び出し、前記金六〇〇万円の返還の延期を申し出るとともに、渋谷支社長として社の営業成績を上げるため運転資金が必要であるとして追加融資を要請し、東京都職員信用組合からの借入れを勧め、原告平野の融資金に対しては年二〇パーセントの割合による利息を付することを約束し、更に三和町の本件不動産購入の住宅ローンの支払、東京都内の不動産取得について前同様虚偽の事実を申し向けてその旨原告平野を信用させた上、同年四月四日ころ三和開発の社用車で被告甲野が原告平野を連れて東京都庁内の東京都職員信用組合に赴き、原告平野をして同組合から金三一〇万円を借り出させ、同日原告平野が三菱銀行渋谷支店から引き出した金四〇万円の自己資金と合わせて合計金三五〇万円を同日三和開発渋谷支社において被告甲野に交付させてこれを騙取した。
(3) 原告平野は、昭和四九年一二月ころ、東京都職員共済組合から五年以内に建物を建築することを条件に融資を受け、千葉県八街町に八〇坪の土地を購入していたが、本件契約の際及び前記(1)の被告甲野に対する金六〇〇万円の融資のころ被告甲野に対し、昭和五四年一二月末の建築期限が迫っており右期限までに建築しないときは右共済組合に対し融資金全額を返済するか、そうでなければ年利一二パーセントの利息を支払わなければならなくなる旨窮状を訴えたところ、被告甲野の勧めにより、建築期限の延期申請を申し出ることによって対処することとし、被告甲野が代行してその手続を済ませていた。
しかるところ、昭和五五年九月末ころ、被告甲野は原告平野に対し、東京都内でマイホームを購入するステップとして右八街の土地を転売するには、住宅を建築しないと売れないであろうから、共済組合から増額融資を受けて住宅を建築した上転売するように強く勧め、三和開発の社用車で原告平野夫婦に八街町の土地を案内させるなどした上、原告平野夫婦をして東京都職員共済組合から増額融資を受けることを決意させ、昭和五五年一一月一〇日ころ原告平野宅において被告甲野が自ら原告平野夫婦による住宅資金貸付申込書の必要事項を記入し、貸付金の振込先として原告平野が既に開設していた富士銀行渋谷支店の普通預金口座のほか、同支店に妻平野千代名義の普通預金口座を開設させた。そして、同年一一月一二日、原告平野は被告甲野の部下である三和開発の岡田課長とともに東京都職員共済組合に赴き住宅建設資金の借入申込手続をし、原告平野のほか妻名義の右銀行の預金通帳及び印鑑を、八街の土地上の建物建築資金として利用するため、被告甲野に預けた。
同年一二月二〇日東京都職員共済組合から原告平野夫婦の前記指定銀行口座に合計金一〇六七万五五〇〇円が振り込まれたところ、被告甲野は同日原告平野の承諾なしに右預金口座から金一〇六〇万円を勝手に引き出し、そのころこれを三和開発から不動産を購入した他の顧客の頭金、ローン支払不足分の立替金、三和開発の従業員の福利厚生費等に使用して横領した。
なお、右金員中には原告平野の妻平野千代が東京都職員共済組合から借り受けていた分が含まれているが、原告平野は都内にマイホームを購入する最終目的を達成するための方法として妻の同意の下に原告平野の名において右妻の借入金分をも含めて被告甲野に預託したものであり、被告甲野の横領による被害は原告平野に生じているものである。
(二) 被告甲野による原告平野からの資金の借入行為及び建築資金の借入手続の代行並びにその資金の保管行為は、すべて三和開発が推進していた東京都内にマイホームを取得するためのいわゆるステップ方式による不動産販売の具体化としてなされたもので、三和開発渋谷支社の応接室、社用車あるいは三和開発の被告甲野の部下を使用して手続が進められ、その資金は現に三和開発渋谷支社長としての被告甲野の他の顧客との契約のための立替金、従業員の福利厚生費等に使用され、かつ原告平野も個人たる被告甲野に融資したのではなく、あくまでも三和開発渋谷支社の業務の運転資金に使用されるものと信じて融費の要請に応じたのである。したがって、被告甲野の原告平野に対する右一連の行為は、三和開発渋谷支社長としての同被告の職務権限の範囲内のものか、そうでなくてもこれに密接に付随する行為であるというべきであるから、三和開発は、被告甲野がその事業の執行について原告平野に与えた損害について、民法七一五条に基づき使用者として賠償責任を負うべきである。
4 原告永島に対する三和開発の弁済約束
(一) 原告永島は、昭和五六年一月二六日、三和開発から、別紙被害状況一覧表記載のとおり不動産を買い受け、代金等を支払った。
(二) ところが、本件不動産は右契約当時は売主たる三和開発の所有ではなく、かつ契約後も原告永島に対する所有権移転登記手続が履行できなかったため、昭和五七年二月八日三和開発と原告永島は、本件不動産売買契約を合意解約の上、三和開発は原告永島に対し、同原告が支払った売買代金内金一六〇万円(手付金一〇万円、中間金一五〇万円)と登記手数料等一〇万円、合計金一七〇万円を返還することを約束した。しかし、三和開発が昭和五八年一月三一日に倒産したことにより、履行不能となった。
5 被告らの責任
(一) 不法行為防止責任
原告永島を除くその余の原告らの本件各不動産の購入及びこれに伴うローン設定契約並びに原告平野の資金貸付及び建築資金の預託は、三和開発の各契約担当者の詐欺もしくは横領によるものであるが、被告山中及び同乙山はそれぞれ三和開発の代表取締役又は取締役として、会社に対し忠実に職務を遂行し、善良な管理者の注意義務をもって会社に対する義務を果たさなければならず、また従業員の顧客に対する不法行為を防止しなければならず、被告犀川は監査役として取締役の職務の執行について監視すべき義務があるのに、いずれも悪意又は重過失によって従業員である契約担当者の前記不法行為を知りつつ少なくとも何らの措置をとらず、むしろ代表者である被告山中をはじめ三和開発の取締役らは、従業員に対し実現不可能ともいえる販売ノルマを課し、ノルマを達成しない従業員に対しては歩合給の支給をカットするなどの無理を強いたため、契約担当者たる従業員らは原告らに対し、前記のとおりステップ方式による転売もしくは買戻し特約付の欺罔による契約締結に至らせ、かつ被告甲野は、原告平野から三和開発渋谷支社の運転資金借入れ名下の騙取、建築資金の保管名下の横領行為に至ったものである。これら従業員の不正行為は、三和開発の利益至上主義的営業方針による必然的結果であるが、殊に、被告山中、同乙山は三和開発の代表取締役ないし取締役として、遅くとも前記2、(五)及び後記(二)、(2)のとおり昭和五三年八月三一日に三和開発から原告らと同様のステップ方式による転売もしくは買戻しの特約付で不動産を買い受けた「被害者の会」との間で買戻しの和解契約を成立させたころ以降においては、従業員らが顧客に対しステップ方式による詐欺的方法で不動産を販売していること、それに関連して顧客からの苦情申出が三和開発や東京都に対してあったこと、更に販売実績を上げるために従業員らが顧客の支払うべき頭金やローンの支払いを立替える等の資金を多くの顧客から融資を受けている等の実態を知っていたものであり、被告犀川も三和開発の監査役としてまた右「被害者の会」との和解契約の交渉を担当した者として右の実態を十分に知っていたものである。しかるに、被告山中、同乙山、同犀川らは、その後の三和開発の営業に関しても本件のような不法行為が行われるにつき何らの措置をとらなかったものであるから(なお、「被害者の会」との前記和解契約後の契約者は、原告堀、同平野、同西山、の三人である。)、被告甲野を除くその余の被告らは、原告永島を除くその余の原告らが受けた前記損害について、商法二六六条の三、同法二八〇条により連帯して賠償すべき義務がある。
(二) 倒産回避責任
原告永島は前記のとおり三和開発に対する弁済約束に基づく債権を有し、その余の原告らも前記のとおり本件不動産購入による損害及び原告平野については被告甲野の不法行為による損害について、いずれも三和開発に対して不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償請求権を有しているところ、被告甲野を除くその余の被告らは取締役としての経営改善努力を怠り、又は監査役としての監視義務を怠り、三和開発を昭和五八年一月三一日倒産に追い込み、その結果原告らが三和開発から受けるべき損害賠償請求等を事実上不可能としたものであるから、右被告らは商法二六六条の三、同法二八〇条により連帯して原告らの受けた損害を賠償すべき義務がある。
右被告らの義務違反の内容は次のとおりである。
(1) 三和開発は、その経理と労務の管理が極めてずさんで、経理担当社員丙川一郎により、昭和四八年一二月三日から昭和五〇年七月二八日ころまでの間に前後一四一回にわたり同社の営業担当社員らが一一六名の顧客から集金してきた同社の分譲地販売代金合計一億八六一〇万六〇〇〇円の金員が、また、昭和四八年五月から昭和四九年七月までの間に前後一五回にわたり同社の社員らに対する給与支給に際しいわゆる水増し計上の操作により合計金三二四四万二〇〇〇円がそれぞれ横領され、更に右丙川により、昭和四九年二月六日三和開発所有の茨城県結城市所在の山林一〇一・八四平方メートル及び私道部分約一一九・六四平方メートル(価格約二九五万円相当)並びに同市所在の山林九二・六四平方メートル及び私道部分約一六・四九平方メートル(価格約二六四万円相当)が騙取され、被告甲野太郎により昭和五六年一二月ころ以降三和開発の不動産売買代金四二〇八万円が横領されたとして三和開発により告訴がなされている。また、昭和五七年二月には労働基準法違反被疑事件により池袋労働基準監督署司法警察員労働基準監督官によって捜査がなされ、三和開発の金銭出納帳、労働者名簿、賃金台帳等が押収された。これらは、当時の三和開発の代表取締役であった被告山中の放漫経営によって生じたもので、三和開発の経営内容の悪化を招来した。
(2) 三和開発は、本件と同様、茨城県猿島郡三和町と隣接の結城郡八千代町一帯の山林、原野を買収して宅地を造成し、昭和四六年ころから転売もしくは買戻しの約束をした上時価の五割増以上の高値で販売した結果、顧客のうち、東京都内の公立の小学校、中学校、高等学校の教職員ら一二四人から物件の買戻し請求もしくは損害賠償請求を受けるに至り、昭和五三年八月三一日に延べ一三〇件の物件について四年間で順次買い戻す旨の和解契約が成立した。右物件の買戻代金は約七億五〇〇〇万円にのぼり、三和開発の経営悪化の要因となった。これも被告山中信男の利益至上主義的経営方針によるものである。
(3) 被告山中信男は、三和開発の代表取締役として三和開発の経営改善努力をすべきであったのにこれをせず、むしろ後記のように自ら多額の報酬を得た上、昭和五七年五月二九日その責任を回避するため代表取締役を辞任して会社の経営責任を被告乙山ら他の取締役に押しつけて経営改善努力を放棄した。三和開発は、そのため資金繰りが悪化して昭和五八年一月三一日不渡手形を出して倒産した。
被告犀川季久は、原告らの本件被害が発生した三和開発の経営が悪化する間監査役の地位にあり被告山中ら取締役の放漫かつ無責任な経営を監視すべき立場にあったのにそれを怠り、三和開発を倒産に追い込んだものであるから、右被告らはいずれも三和開発の倒産についてその職務執行上悪意もしくは重過失があったというべきである。
(4) 被告乙山春夫は右倒産時前からの三和開発の代表取締役として三和開発の倒産回避の努力をすべきであったのにこれをせず、加えて被告山中による後記の関連会社への貸付金処理を放置した結果三和開発の倒産が加速されたものであるから、その職務執行上悪意もしくは重大な過失があったというべきである。
(5) 三和開発は、関連会社である常陽信販株式会社(代表者代表取締役被告山中信男)に対し昭和五六年八月末日現在において、仮払金名義で金二億二二八一万四九三八円の貸付金を有していた。ところが、被告山中信男は、昭和五七年一二月に至り土地代金と相殺したとの会計帳簿上の操作をして右貸付金を消滅させ、同年一二月三一日付けで三和開発と常陽信販株式会社との間には債権債務は一切ないとの覚書を作成した(当時被告山中信男は三和開発の代表取締役を登記簿上辞任していたが、いわゆる会長として同社の代表者印を保管し、事実上は依然として代表取締役として行動していた。)。
(6) 被告らは、三和開発の経営状態が悪化しているにもかかわらず、多額の役員報酬を受けていた。
すなわち、昭和五五年九月一日から昭和五六年八月三一日までの三和開発の第一五期決算期において、同社の借入金は四億一九八一万九三六四円、当期利益は一〇八万三六八〇円しかないのに、被告山中は金三六〇〇万円、同犀川は金六〇〇万円、同乙山は金六二五万円の年額役員報酬を受け、昭和五六年八月以降においても、毎月役員報酬等として被告山中は金三〇〇万円、同犀川は金五〇万円、同乙山は金七〇万円を受け取っていた。
(三) 更に、被告山中は、三和開発の代表取締役として、原告らのすべての損害について、民法四四条一項及び二項により損害賠償責任を負う。
(四) 被告甲野は、原告平野に対し、自らした詐欺又は横領の不法行為による金二〇一〇万円の損害を賠償すべきである。
6 よって、原告らは被告山中、同乙山、同犀川に対し商法二六六条の三、二八〇条の規定に基づき請求の趣旨記載の金員の支払いと請求の趣旨記載の日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを、原告平野晃二は被告甲野太郎に対し民法七〇九条に基づき請求の趣旨記載の金員の支払いと請求趣旨記載の日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する答弁
(被告山中、同犀川関係)
1 請求原因1の事実は認める。
2(一) 同2の(一)の原告らの不動産購入の事実は認める。
(二) 同2の(二)の特約の存在はすべて否認する。
三和開発は、本件不動産所在地の三和町等において多数の土地建物を販売し、顧客の希望があれば転売や賃貸の斡旋を多数行ってきた。本件についても担当社員がセールストークとして将来賃貸や転売などいろいろな面で世話をすることを強調したことは考えられるが、その期間や利益について保証したことはあり得ない。原告主張の特約については本件の売買契約書上記載がないのはもとより、何らの書面も存在しない。
(三) 同2の(三)の事実は否認する。本件不動産の売買契約自体は三和開発の本来の業務として行ったものであり、原告ら(但し、原告永島を除く。)に対し移転登記及び引渡しが完了済みである。
なお、三和開発では、昭和四二年ころから昭和五六年ころまでの間に三和町を中心に土地建物を二〇〇〇件以上造成、建築して完売してきている。原告らが購入した分譲宅地又は建売住宅もその一部であって、各売出期の一〇棟位の物件のうちのそれぞれ一棟であり、同期の他の区画の購入者からはなんのクレームもない。
(四) 同2の(四)の原告らの損害の点は、すべて不知。
(五) 同2の(五)のうち、三和開発の顧客との間で原告主張の和解契約が成立したこと(請求原因5(二)(2)参照)、三和開発が昭和五八年一月三一日倒産したことは認め、その余の事実は否認する。
3(一) 同3の(一)のうち、原告平野が額面六〇〇万円の小切手及び現金三五〇万円を被告甲野に交付したこと、被告甲野が原告平野又は原告平野夫婦の合計金一〇六〇万円の預金を預かり保管していた事実は認めるが、その余の事実はすべて不知。原告平野又は原告平野夫婦が預けたのは被告甲野個人に対してであって、三和開発に預けたものではない。
(二) 同3の(二)は否認する。
被告甲野太郎は、三和開発渋谷支社長として、同支社の社員を指揮し、同社の宅地、建物等の販売を中心に営業活動等の業務に従事し、その業務遂行の過程において会社のため顧客から支払代金を集金したりこれを保管することはあったが、それはあくまでも同社の宅地、建物の売買に直接関係する限度においてであった。したがって、社員たる被告甲野が顧客から金銭を借り入れることは、いかなる意味でも三和開発の営業とは全く関係がなく、原告平野も本件が被告甲野との個人的貸借関係であったことを認識していたものである。
4 同4の(一)は認め、同4の(二)の事実中、登記手数料等金一〇万円の返還約束の点は否認し、その余の事実は争わない。
5(一) 同5の(一)のうち、被告甲野を除く被告らが、請求原因1のとおり代表取締役、取締役、監査役であったことは認めるが、その余の事実はすべて争う。
(二) 同5の(二)のうち(1)及び(2)の丙川一郎及び被告甲野による横領、労働基準法違反被疑事件の捜査、及び顧客との和解契約についての外形的事実はすべて認めるが、三和開発の経理、労務管理がずさんであったこと、放漫経営ないし右(1)、(2)の事実が三和開発の経営悪化を招来したとの事実は否認する。
同5の(二)の(3)ないし(6)のうち、被告山中、同犀川が昭和五七年五月二九日に三和開発の役員を辞任したこと及び三和開発の倒産の事実は認め、その余の事実は否認する。
(三) 同5の(三)の主張は争う。
6 被告山中、同犀川の主張(三和開発の倒産原因等)
(一) 三和開発の業務内容
三和開発は昭和四二年に不動産の販売及び建設等を目的として設立されたが、昭和四三年ころから当時のいわゆる土地ブームに乗って三和町周辺の土地を造成、分譲し、また造成した土地に建売住宅を建設し、これを多数販売してきた。
昭和五三年ころから土地ブームが下火になるにつれ、不動産販売としては都内のマンションの販売に次第に力を入れるとともに、このころから不動産販売よりも公共事業を中心とする建設業を目指すようになった。この営業方針の変更に伴い、従来不動産販売を担当していた支社を順次閉鎖し、昭和五六年一月には渋谷支社及び新宿支社を、同年八月一五日には東京支社及び池袋支社をそれぞれ閉鎖した。このような本社の方針にもかかわらず被告甲野ら不動産販売部門の営業担当者は、販売金額を増やすために無理な販売をしたものと思われるが、被告山中ら会社役員が違法又は不当な販売方法をとることを指示したり強要したりしたことはない。むしろ、三和開発としては顧客が自分の資力を無視して無理なローンを設定したり、従業員が歩合給欲しさから顧客に甘言を弄して契約を結ぶことがないよう、投資目的の客には販売せず(投資目的の客に販売すること自体は違法ではない。)、購入者が居住する即住方式をとる方針をとり、被告山中ら役員は繰り返しその旨の業務通達を出してその方針の徹底を図っていたのであり、現に被告甲野ら渋谷支社のごく一部の従業員を除いては、何ら問題を起こしていない。
(二) 被告甲野の横領による被害と三和コンストラクション株式会社の倒産
三和開発は、昭和五六年ころから次第に業績が悪化していたが、同年一二月一五日、東京支社長当時の被告甲野太郎について二〇件近くの業務上横領が発覚したため、三和開発では直ちに同被告を懲戒解雇し、昭和五七年二月池袋警察署に告訴した。
被告甲野の右業務上横領により三和開発は六〇〇〇万円以上の被害を受け、そのためもあって、昭和五七年五月末日、三和開発の建設部門をすべて担当していた子会社の三和コンストラクション株式会社は手形不渡を出して倒産した。同社の倒産は、当時の建設業界一般の厳しい不況が基本的原因であり、被告甲野の別件の横領が同社倒産の直接原因ではなく、まして三和開発そのものの倒産の直接原因ではない。
(三) 三和開発立直しのための役員人事の一新
三和コンストラクション株式会社の倒産によって、三和開発は建設関係の仕事がほとんどできなくなった。
しかし、代表取締役である被告山中は、三和開発だけは倒産させないために個人資産を投入するなどしてあらゆる努力を払った。その立直しの一環として、人事を一括して再建を図るため、昭和五七年五月二九日自らは代表取締役及び取締役を辞任し、当時専務取締役であった被告乙山を代表取締役に就任させた。そして、同日被告犀川も監査役を辞任した。その後、被告乙山は同年九月二四日、代表取締役及び取締役を辞任し、同人の実父である乙山秋夫が代表取締役となった。
(四) 被告山中の取締役辞任後の経営監督
被告山中信男は、三和開発の株式の大半を有する筆頭株主であり、自らの株主としての利益を守るためにも三和開発を倒産させないためあらゆる努力を払ってきた。昭和五五年秋ころ以降は役員報酬は全く受取っていないばかりか、二〇〇〇万円以上の自己資金を会社に貸し付け、三和銀行からの融資金約八〇〇〇万円について個人保証債務を負うなどしてきたので、手形を振出すことについては極度に警戒し、被告乙山に社長の座を譲り、三和開発の営業実務を同人に任せた後も、三和開発の手形、小切手に押印する常陽銀行届出印は被告山中自身が保管し、被告乙山及びその父で取締役(後に代表取締役)の乙山秋夫に対しても、三和開発の手形を切る場合には必ず被告山中の承諾を得るよう厳命していた。
ところが、被告乙山は、被告山中や乙山秋夫不知の間に新たな印鑑により住友銀行と取引を開始し、新印鑑により三和開発の手形を多数振出した。そのため、三和開発は右手形の決済ができず、昭和五八年一月三一日倒産するに至った。
倒産後、三和開発の池袋本社は債権者に完全に占拠され、帳簿、伝票類はすべて持ち去られた。
(五) 原告ら主張の倒産原因について
丙川一郎による横領については、顧客からの集金をいったんすべて丙川個人の口座に入金し、二、三日後に三和開発の口座に振り込む形態をとっていたため、個人口座に入金した一億八六一〇万六〇〇〇円の全額について起訴されたが、そのうち一億六五〇〇万円余りは三和開発に入金されており、抜取実被害額は二〇〇〇万円余りであった。丙川による横領の実被害額は、給与水増操作、土地の横領分を含めて合計四〇〇〇万円弱であったが、丙川は横領金のほとんどを土地資産として残していたのでこれをすべて三和開発に譲渡させた結果、三和開発としては被害のほぼ全額を回収した。したがって、丙川による横領は、三和開発の倒産の原因とは全く関係がない。
三和開発に対する労働基準法違反被疑事件は、起訴猶予処分で終結した。昭和五七年二月ころは資金繰りが苦しく従業員に対する賃金支払が遅滞したもので、労務管理がずさんであったわけではない。
また、顧客との和解契約によって買戻した土地、建物は、いずれも買戻し価格以上の金額で転売を完了しており、倒産原因とは無関係である。
(六) 被告犀川(監査役)の責任について
被告犀川は弁護士であり、三和開発の非常勤監査役として主として決算期の決算書類の適法性の調査や法律顧問的業務を行っていた者であって、会社の営業内容の詳細は知るべくもなく、被告甲野の違法行為や営業担当者の販売方法についてまで監視義務はない。
また、三和開発が倒産したのは、被告犀川の監査役辞任の八か月経過後であって、辞任後の三和開発の経営内容や倒産の直接原因となった被告乙山の手形振出については全く関与していない。
なお、「被害者の会」との和解契約については、三和開発が買戻義務を認めて契約をしたものではないが、被告犀川は、被告山中から「数年前の販売価格で買戻しても、現在は値上りしているので、年間の転売件数が一定であれば十分転売できる。」との説明を受けて年間買取件数を定めて法律家として和解契約の締結に当たったのみであり、その後買戻した不動産はすべて転売利益を得て転売完了した旨の報告を受けている。
(被告甲野太郎関係)
被告甲野の陳述したものとみなされた書面には、金一〇六〇万円を原告平野から借り受けたことは争わないが、その使途については内金八一三万円を会社のため立替えた旨、及び昭和五八年一〇月現在受刑服役中につき出所後解決の努力をする旨、その余の請求原因事実を争う趣旨の記載がある。
(被告乙山関係)
1 請求原因1の事実は、概ね認める。但し、被告乙山については、昭和五八年一月三一日の三和開発の倒産時点で、商業登記簿上取締役として登記がされていた事実の限りにおいて認める。
2 その余の請求原因事実は、すべて不知ないし争う。
三和開発は、被告山中の完全なワンマン支配下にあった法人であり、被告乙山は取締役の名称を付されているのみで、実質は従業員に過ぎず、経営に関する責任を負担すべき実質的な権限を有していなかったものである。
第三《証拠関係省略》
理由
理由中に引用する書証の成立に関する認定は、末尾添付の「引用書証の成立等の認定一覧表」記載のとおりである。
一 当事者
請求原因1の事実は原告と被告山中及び同犀川との間ではすべて争いがなく、同1の事実中、三和開発が昭和五八年一月三一日不渡手形を出して事実上倒産したことは原告と被告乙山との間では争いがなく、被告乙山に対するその余の請求原因1の事実及び被告甲野に対する請求原因1の事実は、《証拠省略》によって認められ(但し、三和開発倒産時点での代表取締役は被告乙山の父乙山秋夫であり、被告乙山は昭和五五年四月一〇日同社の取締役に、昭和五六年一一月ころ専務取締役に、昭和五七年五月二九日被告山中のあとを受けて代表取締役に就任したが、右倒産時までに代表取締役を辞任して取締役に留っていたことが《証拠省略》によって認められる。)、この認定に反する証拠はない。
二 原告らの不動産購入
1 請求原因2(一)の事実は、原告と被告山中、同犀川との間では争いがなく、その余の被告らとの間では、《証拠省略》によって認められ、この認定に反する証拠はない。
2 請求原因2(二)のいわゆるステップ方式の特約の存否について判断する。
(一) 《証拠省略》によれば次の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。
(1) 《証拠省略》によれば、原告平野は、昭和五九年九月初めころ三和開発渋谷支社の営業社員藤田靖光の訪問勧誘を受け、数日後右藤田の上司岡田光弘の案内で本件不動産の現地を見分し、更に数日後三和開発渋谷支社へ案内され、当時支社長であった被告甲野と面談した。右被告甲野らは面談のつど、それぞれ原告平野及びその妻に対し、三和開発は公務員を主たる対象として不動産を販売している信用できる会社であること、東京都内に住宅を取得するためにはまず三和開発の本件不動産を購入してもらい、会社で賃借人を斡旋するのでその賃料を住宅ローンの支払いに当てるようにすれば住宅ローンの負担は軽くてすむこと、二、三年後に本件不動産を転売すればかなりの利益が上げられ、それを資金として三年ないし五年もすれば東京都内で必ずマイホームが持てること、三和開発ではこれを「ステップ方式」と呼んでいること、三和町は大企業の誘致等で住宅需要も大きく値上りは間違いなく、転売については会社が責任を持つことなどを強調して本件不動産購入を勧誘した。同原告は当時都立大学事務局に勤め、妻千代は品川区役所に勤め、都の職員住宅に居住していたが、家族構成の関係と昭和六〇年三月末日で賃借期間が切れるため、都内で住宅を取得することを切望し、そのため当時一〇〇〇万円ほどの資金を貯えていたところ、被告甲野らの右ステップ方式の話を信じ、その第一歩として本件不動産を購入することとし、前記のとおり昭和五九年九月一〇日に三和開発との間で本件契約を結んだことが認められる。
(2) 《証拠省略》によれば、原告神門は、東京都内の公立小学校の教職にある者であるが、昭和四八年ころ三和開発から請求原因2(二)(4)記載の結城市の土地を代金二〇〇万円で買い受けていた。昭和五二年八月ころ同原告は、元上司で当時三和開発の顧問として再就職していた前田正信から三和開発新宿支社の営業社員遠藤光男及び尾形健象を紹介され、本件不動産購入の勧誘を受けた。右三名は同年九月上旬ころ二度にわたって原告神門の自宅を訪問し、住宅ローンを設定して本件不動産を購入すれば会社が責任をもって賃借人を斡旋し、家賃によってローンの支払いができること、ローン設定の手続は一切会社が代行し同原告に手間をかけないこと、三、四年後には値上がりして購入価額以上で転売できること、転売できないときは会社が責任を持つことなどを強調して契約を勧誘した。同原告は先に三和開発から二〇〇万円で買い受けていた結城市の土地を三〇〇万円程度で処分して本件不動産購入の頭金に充当できるならば考えてみたいと申し出たところ、遠藤光男は四〇〇万円で売却を斡旋できるとし、更に原告神門と同時に同人らが勧誘していた原告神門の同僚の原告今井も既に契約を成立させたことを告げて現地を案内した。その後遠藤らは原告神門に対し結城市の土地の売却はまだできないが責任を持つ、自分達の九月の営業成績に影響するからぜひ契約して欲しいと申し入れた。同原告は遠藤らの話を信用し、本件不動産に居住する気はなかったが投資と子供の将来のために、前記のとおり昭和五二年九月一二日本件契約を結んだことが認められる。
(3) 《証拠省略》によれば、原告今井は東京都内の公立小学校の教職にある者であるが、昭和五二年八月ころ原告神門と同じ機会に前記のとおり前田正信から前記遠藤光男及び尾形健象を紹介された。右三名は原告神門に対すると同様、住宅ローン設定手続の代行、賃借人の斡旋、家賃による住宅ローンの支払いのほか、三年ないし五年後には会社が責任を持って転売する、必ず一・五倍ないし二倍位には値上がりすることを請け合うなどの利点を強調して契約を勧誘し、原告今井はこれを信用して、前記のとおり昭和五二年九月六日本件契約を結んだことが認められる。
(4) 《証拠省略》によれば、原告大井は東京都内の学校の教職にある者であるが、昭和五二年九月ころ原告神門が本件不動産購入の手付金、中間金に当てる資金を教育信用組合から借り受けるについて保証人となることを依頼されていたところ、その手続を代行した三和開発の前記遠藤光男、尾形健象らから本件不動産購入の勧誘を受けた。右遠藤らは原告大井に対しても原告神門に対すると同様、住宅ローン設定手続の代行、賃借人の斡旋、家賃による住宅ローンの支払い、三、四年後には必ず値上がりするから会社が責任を持って転売するなどの利点を強調して契約を勧誘し、原告大井はこれを信用して、前記のとおり昭和五二年一一月七日本件契約を結んだことが認められる。
(5) 《証拠省略》によれば、原告堀は昭和五三年九月下旬三和開発新宿支社の営業社員志田藤芳男、森脇修から数回にわたり本件不動産購入の勧誘を受けた。同人らは、本件不動産は年二〇パーセントないし三〇パーセントの値上がりが確実であり、二、三年で転売してこれを頭金として都内でマイホームが持てること、転売できないときは会社が責任を持って買い取ること、この間の住宅ローンの支払いは建物の賃料収入でまかなえることなどの利点を強調して契約を勧誘した。同原告は右のいわゆるステップ方式の話を信用して前記のとおり昭和五三年一〇月一五日本件契約を結んだことが認められる。
(6) 《証拠省略》によれば、原告西山は昭和五五年ころ三和開発渋谷支社長の被告甲野及び営業担当課長岡田光弘から勧誘を受けて当時同社が建築分譲していたワンルーム式の池袋タイガースマンションを将来の住宅取得のワンステップとして購入していたところ、同年一二月下旬ころ再び右岡田から本件不動産(土地のみ)の購入の勧誘を受けた。同人は、本件不動産は二年後に利益を上乗せして三和開発が買い戻すか、同社において建物を建築した上で販売すること、先に購入したマンションについては賃借人を斡旋してローンの支払いをまかなうこと等の利点を強調して契約を勧誘した。同原告は右のいわゆるステップ方式の話を信用して前記のとおり昭和五五年一二月二四日本件契約を結んだことが認められる。
(二) 原告らは、前認定のステップ方式の内容及び原告神門については以前に三和開発から二〇〇万円で買い受けていた土地を四〇〇万円で転売もしくは買戻しをする旨の特約が成立したものと主張する。
なるほど、三和開発の各契約担当者が一定年月後の値上がり及び値上がりした価額による転売に会社として責任をもつ旨、原告神門については右土地を四〇〇万円で売却できる、転売には責任をもつ旨言明したことは前認定のとおりであり、《証拠省略》によれば、前記ステップ方式の話に関して、土地付建物の取得者である原告らはいずれも、その時期、賃料額について不満はあるものの、契約後賃借人の斡旋を受けており、賃料による住宅ローン支払いの点についても契約担当者(被告甲野、乙山、尾形)によっては現に賃借人が見付かるまでの間の住宅ローンの支払いないし賃料と住宅ローン支払額との差額についてある時期までは契約担当者において負担するか、立替払するなどの処理をしていたことが認められる。しかし、右契約担当者が強調したステップ方式の眼目というべき値上がり利益の保証、転売ないし買戻しの保証等の点については、契約当事者間になんら書面が作成されていないことに鑑みれば、これら契約担当者の勧誘の際の言辞は、その当否は別として、契約勧誘に当たってのいわゆるセールストークであり、契約に伴うサービス行為以上の意味を持つものとは言い難く、他にこの点の特約の成立を認めるべき証拠はない。
(三) また、原告らは、請求原因2(五)において、年五パーセントの値上り率で本件不動産を転売ないし買い戻す旨の特約が成立したと主張するが、《証拠省略》によって認められる三和開発の元顧客との間の和解契約の成立(この点は被告山中、同犀川との間では争いがない。)の事実をもってしても、原告らが右和解契約の当事者となっていない以上、右特約の成立を認めるには到底足りず、他に右特約の成立を認めるべき証拠はない。
三 原告らに対する不法行為の成否(請求原因2(三))
1 《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。
(一) 三和開発は、昭和四六年ころから埼玉県、茨城県を中心に宅地の造成分譲販売、土地付建物の建築分譲販売を行い、昭和五四、五年ころまでの間に本件各不動産の所在地である茨城県猿島郡三和町周辺でも分譲土地は約二〇〇〇区画、土地付建売住宅は一〇戸ないし二〇戸程度ずつ数十期にわたり多数販売してきた。これらの顧客の中には居住用として購入する者も多かったが、東京都の顧客の場合東京への通勤には遠すぎるため入居を予定せず賃貸物件として投資、利殖目的で購入する者も多かった。三和開発は東京都教職員共済組合等から不動産斡旋業者としての指定を受けていたため、同社では都内の公立学校等の教職員の契約勧誘に力を注いだ。
(二) 三和開発では本件各不動産販売の当時、毎年度当初に年間事業計画を立て、売上目標(ノルマ)を掲げて毎月一回本社に池袋、新宿、東京、渋谷の各支社(新宿、東京、渋谷の各支社は昭和五六年から昭和五七年にかけて順次閉鎖された。)の支社長を参加させて、役員、幹部従業員による経営会議を開き、経営、販売に関する指示、情報伝達をするほか、毎月一回被告山中ら社長以下の幹部が各支社を回って販売促進の指示を与え、各支社を通じて営業社員のノルマの達成を求めていた。ノルマが達成されると、営業社員には基本給のほか販売額の五パーセントの歩合給及び各種褒賞金が支給され、支社長、部長ら管理職には基本給のほか職務給、成績給及び販売額の一パーセントの褒賞金が支給されたが、契約が解約されると歩合給や褒賞金を返戻させるなど販売実績中心の給与体系がとられていた。
(三) 三和町周辺の地域においては、三和開発は自ら造成開発を進めると共に昭和五〇年ころ以降県及び市からかなり大規模な三和ニュータウン造成開発工事を受注するなどして業績を伸ばし、同地域の人口増加傾向、折からの不動産ブーム等から社長の被告山中以下の幹部らは同地域の不動産需要、値上がりに自信を持ち、将来性を強調した販売方法をとる方針が採用され、昭和五三、四年ころの同社のパンフレットにおいても、「下取サービス」、「土地建物即時換金サービス」、「住宅ローンの斡旋」などのサービス内容が掲記されていた。そして、被告甲野の渋谷支社のみならず新宿支社においても、購入物件の賃借人の斡旋、住宅ローン手続の代行、賃料の住宅ローンへの充当、将来の値上がりを見込んだ転売斡旋の約束、東京都内の不動産取得の斡旋などがいわゆるステップ方式として少なくとも支社長以下の販売方針として営業社員一般に徹底され、現に建売住宅については賃借人の斡旋も行われ、少数ながら希望者に転売を斡旋する例もあった。このような販売方針の下に、当時の土地投資ブームとも相まって、昭和五二年ころまでは順調な販売実績を示し、発売後日を経ずに完売されることが多かった。
(四) ところが、三和町周辺の三和開発の販売価額は地元小規模業者の取扱物件よりもかなり高い上、営業担当者の中には前記のノルマ達成に追われ、あるいは歩合給等欲しさからかなり無理な勧誘方法をとる者もあったため、昭和五二年ころから賃借人や転売斡旋の約束を巡り顧客などから苦情のトラブルが生じるようになり、三和開発では東京都の担当部局から説明を求められることもあった。昭和五二年ころには東京都職員共済組合の新聞でその販売方法が問題視され、また昭和五三年に入って、東京都職員の生活協同組合の斡旋で三和開発から不動産(多くは土地)を購入した顧客の一部から値上りした価額で転売もしくは買戻しの約束があったとしてその実行を求める声が上がり、三和開発の「被害者の会」なるものが結成され、交渉の結果、三和開発では建設省、東京都の指導もあって、昭和五三年八月三一日、右会に参加した約一二四人の顧客との間で和解契約を成立させた。その内容は、土地一三〇件については昭和五三年から昭和五七年まで毎年八月期と二月期に一五件程度ずつ、当初販売価格に右和解成立の翌日以降年四パーセントの割合による加算金を加えた金額で買戻しに応ずること、建売住宅一六件については当初販売価格の八〇パーセントに右和解成立の翌日以降年二パーセント(建物に賃借人が未入居の期間は四パーセント)の割合による加算金を加えた金額で買い戻すというものであり(右和解契約の成立及びその内容の概要については原告と被告山中、同犀川との間では争いがない。)、三和開発ではほぼ予定どおり買戻しを実行した。
右共済新聞の記事以降三和開発は共済組合又は生活協同組合の斡旋指定業者を辞退したこと、また「被害者の会」との和解契約の経緯が同年九月二日付の一般新聞に報道されたこと等が相まって、昭和五四年ころ以降三和開発の不動産販売の業績は低下した。
(五) 三和開発においては、遅くとも右「被害者の会」の動きが出はじめた昭和五三年六月ころ(和解成立の二、三か月前)には各支社長から販売方法などを調査確認したところ、少なくとも渋谷支社長の被告甲野は渋谷支社では入居を予定しない客に前記のようないわゆるステップ方式による勧誘方法をとっていることを認めたため、爾後の顧客とのトラブルを防止すべく、ステップ方式などの誤解を招くような紛らわしい販売方法をとることなく、投資目的でなく自ら入居する客に販売すること、住宅ローンは契約者自ら手続をとるようにすることなどを社内に指示した。しかし、他方では依然として販売実績を上げることを求めていたため、被告甲野をはじめ営業担当者の中にはノルマの達成、歩合給等の獲得のため会社の右指示は無視せざるを得ないとして従前同様の勧誘方法をとり、賃借人が斡旋できない間の家賃相当分や、家賃と住宅ローンの差額分を営業担当者が支払ったり、購入代金の頭金を立替えたりして契約を成立させ、そのための資金は歩合給等の中から支弁したり被告甲野のように顧客から年二割の利息を付ける等の約束の下に個人的に融資を受けるなど無理な販売方法をとりながら会社に対しては指示どおりの正常な契約として報告する者もあった。
(六) 原告らのうち右「被害者の会」の動きを契機とする三和開発社内の販売方法に関する指示以前に契約したのは原告神門、同今井、同大井であり、右指示の後に従前同様のステップ方式を強調した勧誘を受けたのは原告堀、同平野、同西山である(原告永島の和解契約については後述。)。
2 右認定事実に基づき検討する。
(一) いわゆる被害者の会の動き等を受けて三和開発社内で販売方法の見直しが行われた昭和五三年六月ころまでの販売については、社長の被告山中をはじめ同社の幹部及び営業担当者らは三和町付近の不動産需要、値上がりに自信を持ち、勧誘方法に用いた付随サービスとしての賃借人の斡旋もかなり行われていたというのであるから当時のステップ方式を強調した販売方法についてそれが違法であるとの認識を三和開発の幹部及び営業担当者が有していたものと推認することは困難である(三和開発そのものが従業員らをして詐欺商法を行わせた旨の原告らの主張は認められない。)。そして、三和町周辺で発売した多数の建売分譲物件のうち前記和解契約の対象となったのは一四六件中の一六件に過ぎず、その後においても右時期以前の顧客の多数について紛争が生じた形跡も認められないこと、前記認定のとおり、本件各不動産は他業者のものに比べてやや高い販売価格ではあったものの既に売買契約の履行は完全に終了していること(但し、原告永島関係は除く。)をも併せ考察すれば、本件のいわゆるステップ方式を強調した勧誘方法、ことに将来の値上がり保証ないし買戻し保証に言及した勧誘行為は、誇張を伴い、顧客の判断を誤まらせる危険が大きいといわなければならないが、前認定のとおり特約とまでは認められず、勧誘に当たってのいわゆるセールストークないし付随的サービスの約束の域を超えないものと認めるのが相当である。したがって、右昭和五三年六月ころ以前に契約した原告神門、同今井、同大井に対する勧誘行為は、違法なものとして不法行為に該当するとまでは認められず、他にこれが不法行為に当たるものと認めるに足りる証拠はないから、右原告三名の本訴請求はその余の判断を加えるまでもなく理由がない。
(二) しかしながら、右昭和五三年六月ころ以降に契約を結んだ原告堀、同平野、同西山については、別途の考察を要する。
すなわち、「被害者の会」の動き等を契機として三和開発の代表者であった被告山中は、爾後のトラブルの発生を防ぐため、いわゆるステップ方式など誤解を招く販売方法をとらないこと、いわゆる即住の顧客に販売することなどを社内に指示したというのであるが、他方《証拠省略》によれば、これらの指示は支社の営業部門には徹底されず、原告平野の契約勧誘を担当した被告甲野以下渋谷支社の担当者らは、原告平野が入居目的でなく、利殖のみを目的とするのでもなく、近い将来東京都内に住宅を取得するという具体的かつ強い希望を有していることを十分に知りながら、その期待に乗じて前記認定のいわゆるステップ方式を強調して勧誘したものであって、少なくとも被告甲野としては、支社長として、即住しない顧客に誤解を招くような方法で販売すべきでない等の会社の方針を無視し、かつ三和開発の物件価格が他業者より高値であるため転売は容易でなくいわんや転売により利益を上げて数年で都内にマイホームを取得させることなど当時極めて困難であり、早晩そのような勧誘方法による販売が行き詰まりトラブルが発生するであろうことを認識しながら、販売成績を上げるため原告平野に対し前記勧誘方法をとったことが認められるのであり、また右各証拠によれば原告堀、同西山についても、各契約担当社員らは、被告山中からの社内への指示とその勧誘行為の時期から見て、同様の認識の下に前記の勧誘行為をしたものと推認できる。したがって、原告平野、同堀、同西山に対する前記転売約束等のステップ方式を強調した勧誘行為は、契約責任を生じないとしてもセールストークとして許容される程度を越え、違法な勧誘方法として不法行為に当たるものと解するのが相当である。
もっとも、《証拠省略》によれば、原告平野が購入した物件のうち建物については契約の翌昭和五五年三月ころ完成し、その完成直後から被告甲野は同原告に賃借人を斡旋して賃料四万円を得させ、これを毎月住宅ローンの支払に当てる手続を代行し、また毎月二万数千円の住宅ローン不足分は後記認定のとおり本件契約直後原告平野が被告甲野に融資した金員の利息名目で被告甲野において支払い、昭和五六年九月ころまで約二年間にわたり原告平野の出費と手間を煩わせることなく住宅ローンの支払いを代行していたことが認められ、また原告堀、同西山についても、《証拠省略》によれば、入居者の斡旋により住宅ローンの一部は賃料によってまかなわれていたことが認められるが、これらはいわば一時しのぎの策であるに過ぎず、転売により利益を上げて都内の住宅を取得させることが極めて困難であることを勧誘当時認識していた以上、不法行為の成立を妨げる事情とはならない。
四 原告平野、同堀及び同西山の損害(請求原因2(四))
1(一) 《証拠省略》によれば、原告平野について別紙被害状況一覧表「被害金額」欄の①及び④記載のとおり手付金、中間金及びローン会社への金利の支払いと家賃収入があったことが認められるが、同欄②及び③の諸費用及び固定資産税の支払いについてはこれを認めるべき証拠がない。
(二) 《証拠省略》によれば、原告堀について別紙被害状況一覧表「被害金額」欄の①ないし④記載のとおり手付金、中間金、保険料等諸経費、固定資産税及びローン会社への金利の各支払いと家賃収入があったことが認められる。
(三) 《証拠省略》によれば、原告西山について別紙被害状況一覧表「被害金額」欄の①及び③のとおり手付金、中間金及びローン会社への金利の支払いの事実が認められるが、同欄②の諸費用五万円の支払いについてはこれを認めるべき証拠がない。
2 そして、《証拠省略》によれば、原告平野、同堀、同西山の本件不動産の競落価額ないし売却予定価額は、同原告らのローン残債務を充たすに到底足りないことが認められるから、右1で認定した原告平野の合計金五七五万二一七七円、原告堀の合計金三五八万三九〇四円、原告西山の合計金二一一万一二九三円の出捐(各支払額から家賃収入額を控除したもの)は、いずれも三和開発の従業員による違法な勧誘、販売によって生じた原告らの損害であると認めるのが相当であり、この認定を覆すに足りる証拠はない。
3 右勧誘、販売は、三和開発の業務の執行としてなされたことは明らかであるから、三和開発は民法七一五条一項に基づき右原告らが蒙った右損害を賠償すべき義務がある。
五 原告平野の金銭被害(請求原因3)
1 《証拠省略》によれば、請求原因3(一)の(1)ないし(3)の事実をすべて認めることができる(請求原因3(一)のうち原告平野が額面金六〇〇万円の小切手及び現金三五〇万円を被告甲野に交付したこと、被告甲野が原告平野又は原告平野夫婦から合計金一〇六〇万円の預金を預り保管していた事実は、原告と被告山中、同犀川との間では争いがない。)。
前認定のとおり、被告甲野は昭和五六年九月ころまでの間原告平野からの金九五〇万円の借受金の利息名目で、本件不動産の賃料によっては不足する同原告のローンの支払いをしていたものではあるが、《証拠省略》に照らしても右は金銭貸借の形をとってはいるが被告甲野にはその返還の確実な意思はなかったものと推認できるから、詐欺の不法行為に当たるというべきであり、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。
なお、《証拠省略》によれば、右金一〇六〇万円のうち金六一五万円は原告平野の妻平野千代が東京都職員共済組合から借り受けてその名義の預金口座に振り込まれていたものを被告甲野において横領費消したことが明らかである。しかし、《証拠省略》によれば、原告平野は被告甲野に勧められるままいずれ東京都内でマイホームを購入するための手段として八街町の土地に建物を建築してこれを三和開発の斡旋で売却するつもりであったところ、先にマイホーム獲得の手段として入手した本件不動産も妻の資金協力を得ながら自己名義で購入契約をし、自己名義でローンを設定しており、本件預託金についても妻名義の預金通帳を妻の了解の下に原告平野の名において被告甲野に預託したものと推認できるから、本件預託金横領の損害賠償請求権は妻名義の分を含めて原告平野にあるものと認めるのが相当であり、乙第四号証(刑事判決)の判示も右認定の妨げとはならない。
2 そこで、請求原因3(二)の業務性について判断する。
(一) 原告平野が被告甲野に騙取された金六〇〇万円及び金三五〇万円の金員は、《証拠省略》によれば、被告甲野が他の顧客の不動産購入の頭金やローン代金等を立替払いして販売成績を上げ、あるいは自己の遊興費等に当てるため、当時の三和開発渋谷支社長としての本来の業務とは関係なく個人的な借用各下に騙取したものであることが明らかであり、原告平野においても被告甲野の融資申入れに応ずることにより将来の都内のマイホーム取得に便宜を図ってもらえるとの期待はあったものの甲野個人に貸し付けるものであることは十分認識していたものと認められるから、右不法行為は被告甲野の三和開発渋谷支社長としての業務とその外形上も関連性がなく、したがって三和開発に民法七一五条一項の使用者責任を問う余地はないものといわなければならない。《証拠省略》中には右金員は甲野個人に貸したつもりはない旨の部分があるが採用できず、他に右借入行為が被告甲野の三和開発における業務の執行としてなされたものであることを認めるに足りる証拠はない。
(二) 金一〇六〇万円の預託金については、《証拠省略》によれば、右金一〇六〇万円は原告平野の八街町の所有地上に被告甲野の斡旋で建物を建築するための資金とする趣旨で被告甲野が預託を受け保管していたものではあるが、原告平野と三和開発との間の建築請負ないし土地、建物の売買契約に基づく金員の交付でないことが明らかであるから、被告甲野の右行為が不動産の販売等を業とする三和開発渋谷支社長としての本来の業務の範囲内のものとはいえないことが明らかである。
しかしながら、《証拠省略》と前記二、三及び五の1の認定事実並びに弁論の全趣旨によれば、三和開発渋谷支社長としての被告甲野は、本来の業務としての土地、建物の販売を遂行する過程で右業務に付随して顧客から支払代金を集金したりこれを保管したりすることがあったこと、原告平野は、被告甲野らから説明されたステップ方式を信用して都内にマイホームを取得するための手段として本件不動産を購入するに際し、かねて共済組合から融資を受けて購入してあった八街町の土地の処理の件を被告甲野に相談してあったところ、被告甲野において共済組合に対する返済期間猶予の手続を代行したほかステップ方式の目標達成に向けて、被告甲野と建物賃貸の件、ローン代金支払い手続、賃料との差額の支払い、被告甲野への前記融資など一年余にわたる関係が続く過程で、被告甲野から共済組合へ返済するよりは建物を建築して建物付で販売した方が有利であり、そのための共済組合からの資金借増し等の手続及び建築、販売はすべて三和開発の被告甲野において処理する旨を勧められて本件預託をするに至ったものであること、三和開発にも建築部門担当の子会社等があり、原告平野もそのことを被告甲野から聞かされていたが、被告甲野は原告平野のための建築は長野県で建築業をしている三和開発の元部下に割安で行わせるとして自ら建築確認申請手続を代行したこと、共済組合からの借入れ手続には被告甲野のほか、その部下で渋谷支社の課長であった岡田光弘も関与したこと、これらの経緯から、原告平野としては、八街町の土地上の建築とその販売は、被告甲野が説明した三和開発による前記ステップ方式実現の一環として行われるものと信頼して本件金員を預託したものであること、以上の事実が認められる。
右事実を総合すれば、被告甲野の右建築資金借入れ手続及び建築の手続の代行並びにその借入金の預託を受けこれを保管する行為は、少なくとも被告甲野の三和開発渋谷支社長としての業務に付随するサービス的業務としての外形を備えていたものと認めるのが相当である。
《証拠省略》によれば、右建築は三和開発ないしその関連会社が請負ったものではなく、被告甲野の知人との契約が予定されていたに過ぎないことが窺えるが、この事実をもってしても右認定を左右するには足りず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
六 原告永島に対する弁済約束(請求原因4)
1 請求原因4(一)の事実は、原告永島と被告山中、同犀川との間では争いがなく、その余の被告らとの関係では《証拠省略》によって認められる。
2 請求原因4(二)の事実は、登記手数料等金一〇万円の返還約束の点を除けば、原告と被告山中、同犀川との間では争いがなく、その余の被告らとの関係では《証拠省略》によって認められる(三和開発倒産の事実は前認定のとおり。)。しかし、原告主張の登記手数料等金一〇万円の返還約束の事実は、《証拠省略》にもその記載がなく、これを認めるに足りない。
なお、《証拠省略》によれば、三和開発の原告に対する金一六〇万円の返還は、昭和五七年三月から同年一二月まで毎月末日限り金一六万円宛一〇回の分割払いの約定であったものと認められる。
七 被告らの不法行為防止責任(請求原因5(一))
1 被告山中関係
被告山中が昭和五七年五月二九日まで三和開発の代表取締役であったことは前認定のとおりであり、同被告は三和開発の経営上従業員がその業務に関して第三者に不法行為を行うことがないよう注意すべき義務があったというべきところ、前記三の1、2で認定したとおり、被告甲野は昭和五三年六月ころ以降被告甲野ら従業員がいわゆるステップ方式による無理な勧誘方法を用いて顧客と契約を結びそのため多数のトラブルが発生していることを知り、爾後誤解を招くような販売方法をとらないこと、即住の客に販売すべきことなどを指示したというのであるが、その後も渋谷支社関係で原告平野、同西山が、新宿支社関係で原告堀が、三和開発の契約担当者らの右指示に添わないステップ方式の勧誘を受けて契約を結ぶに至ったものである。したがって、被告山中の右指示は徹底を欠いていたことが明らかである。また、前認定の事実及び《証拠省略》によれば、被告山中は、当時相当の注意を尽せば、渋谷支社長の被告甲野がノルマ達成等のため半ば公然と無理な販売方法をとり、客の頭金やローンの立替、同支社の運営等の資金を得るため三和開発の営業、ステップ方式の実現に名を借りて顧客から金員を預ることがあることを知り、これを防止する方策をとり得たはずであるが、前記のとおり単に販売方法について口頭の一般的指示を与えるにとどまったものである。
してみれば、被告山中には代表取締役としての職務執行上重大な過失があったとしても、原告平野、同堀、同西山が違法な勧誘行為によって蒙った前記四、2記載の損害及び原告平野が蒙った前記五記載の横領による損害(以上、原告平野につき合計金一六三五万二一七七円、原告堀につき金三五八万三九〇四円、原告西山につき二一一万一二九三円)について商法二六六条の三第一項前段(昭和五六年法律第七四号による改正前のもの。以下同じ。)に基づき、これを賠償すべき責任がある。
なお、違法な勧誘行為によるものとは認め難い原告神門、同今井、同大井の損害及び三和開発の業務との関連性が認められない原告平野の貸金被害については、被告山中らに不法行為防止義務の観点から同条の責任の生ずる余地はない。
2 被告乙山関係
前記一の認定事実及び《証拠省略》によれば、被告乙山は昭和五〇年ころ三和開発に営業社員として入社し、昭和五二年七月ころから昭和五三年末ころまでに刑に服し、出所後再入社して昭和五五年四月一〇日取締役、昭和五六年一一月ころ専務取締役、昭和五七年九月二九日から同年九月末ころまで代表取締役に就任したことが認められる。
そして、右事実と《証拠省略》によれば、三和開発は創立者であり同社の株式の八割を保有していた被告山中が重要事項のすべてを取り仕切るいわゆるワンマン会社であり取締役会も開催されなかったこと、被告乙山は、取締役就任後も月一回の前記経営会議に出席するほかはその業務内容は他の営業社員とあまり変らない実態であったこと、三和開発の従業員の中でステップ方式による勧誘、頭金等立替などの無理な販売方法がとられていることについては昭和五五、六年ころからある程度聞き及んでいたが、その具体的内容は専務取締役に就任して社員の出勤状況、営業関係の資料作成、顧客からのクレーム処理などを担当するようになってはじめて前記和解契約に至る経緯等を含めて知るに至ったこと、以上の事実が認められる。
右事実によれば、被告乙山が取締役に就任する以前に行われた原告平野、同堀の本件不動産購入による被害については、同被告に商法(前同)二六六条の三第一項前段の責任の生ずる余地はなく、取締役在任中に行われた原告平野の横領による被害及び原告西山の本件不動産購入による被害については、同被告に取締役としての職務執行上義務懈怠がなかったとはいえないが、右商法の規定に基づく悪意又は重大な過失があったとまでは認めることができず、他に同被告の右責任を認めるに足りる証拠はない。
3 被告犀川関係
被告犀川が昭和五七年五月二九日まで三和開発の監査役であったことは前認定のとおりであり、《証拠省略》によれば、同被告は少なくとも原告平野、同堀、同西山に対して前記違法行為が行われる以前から右時期まで監査役の地位にあったこと、同被告は非常勤で決算期に同社の会計監査に当たるほかは同社の顧問弁護士として各種法律問題の処理に当たり、その一環として前記「被害者の会」との和解交渉、契約締結について同社を代理し、また請求原因5、(二)、(1)記載の被告甲野の別件の業務上横領の容疑について同社の代理人として告訴したこと、しかし同社の経営ないし営業については全く関与していなかったことがそれぞれ認められる。
右事実によれば、被告犀川は、遅くとも昭和五三年八月三一日の前記和解契約成立時点では三和開発の従業員の無理な取引により同社が物件買戻しの和解契約を結ばざるを得なくなった経緯を十分認識していたものと推認され、監査役としては商法(前同)二六〇条の三、二七四条、二七五条の二等に基づき爾後の同社の従業員の営業活動の適正を確保するについて代表取締役たる被告山中の職務執行を監視し適切な防止策をとるべき立場にあったというべきであるから、何らこれをしなかった同被告には監査役としての義務の懈怠がなかったとはいえない。しかしながら、監査役の職責の中心は会計監査にあるのであり、現実にも同被告は会社の経営、営業には関与していなかった上、三和開発として和解契約を結び順次その履行もなされ、代表取締役の山中から一応販売方法に関する指示もなされている以上、同被告がそれ以上に立ち入った監視等の行為に出なかったことには無理からぬものがあり、結局右被告山中の意向に添わずになされた勧誘行為等による原告平野、同堀、同西山の損害について同被告の職務執行上商法(前同)二八〇条、二六六条の三第一項前段の規定にいう悪意又は重大な過失があったものと認めることはできない。
八 被告らの倒産回避責任(請求原因5、(二))
原告永島の前記三和開発に対する債権につき被告山中、同乙山、同犀川に、また原告平野、同堀、同西山の前認定の損害について被告乙山、同犀川に、それぞれ商法(前同)二六六条の三第一項前段に基づく倒産回避責任があったかどうかについて判断する。
1 《証拠省略》と前記三の認定事実並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(一) 三和開発では、被告山中が昭和五七年五月二九日代表取締役及び取締役を辞任した後も同被告が同社の株式の八割を保有する立場から会長の名において実質上同社の経営を支配し、手形振出に必要な代表者印等を事実上保管していたところ、被告乙山は当時の他の取締役と相談の上新たに住友銀行と手形取引を開始し、三和開発が一億二〇〇〇万円で買い入れ転売しようとした土地の売買代金支払いのため新印鑑を用いて振出した昭和五八年一月三一日を支払期日とする約束手形が決済できず、倒産した。
(二) 遡って、三和開発においてはほぼ請求原因5、(二)、(1)記載のとおり、経理担当従業員丙川一郎による昭和四八年五月以降の合計金二億一〇〇〇万円余の業務上横領、三和開発所有不動産の騙取の事実、被告甲野について別件の四二〇〇万円余の業務上横領があったとして三和開発が告訴した事実、昭和五七年二月ころ退職した従業員に対する退職金支払遅延等により池袋労働基準監督署から労働基準法違反の容疑により捜査を受けた事実があった。しかし、右丙川による被害の多くは回収され、昭和五二年から昭和五七年の間の毎年の確定申告書上丙川に対する五二〇万円余の貸付金名目の債権を残したのみであり、労働基準法違反の点も退職金等を支払って不起訴となった。被告甲野による別件業務上横領については起訴には至らなかったものの、その被害と当時の不動産取引の沈静化が一因となって昭和五七年五月ころ三和開発の建設部門を担当していた三和コンストラクション株式会社が手形不渡りを出して倒産し、その後の三和開発の建設部門での売上減少の一因となった(請求原因5、(二)、(1)関係)。
(三) 昭和五七年八月三一日の「被害者の会」(和解契約後「三和連絡会」と改称)との和解契約により三和開発が買戻しに応じた代金額は総額数億円にのぼったものと推認され、晤和五六年九月から昭和五七年八月までの期間の確定申告書上「三和連絡会」関係で一億六〇〇〇万円余の仮払金が計上されており、買戻し物件を転売するまでの間買戻代金の支払いが同社の経営を圧迫したものと推認できるが、約定の昭和五八年八月以前にすべて買戻しを完了し、順次すべて転売し終えていることが認められるから、右和解契約の履行が最終的に三和開発にどの程度の損失を与えたか、また同社の倒産の一因となったかどうかは明らかでない(請求原因5、(二)、(2)関係)。
(四) 三和開発では、昭和五四年九月から昭和五五年八月までの第一四期決算及び第一五期の決算においても約三〇億円の売上げを計上していたが、第一六期には売上げが約七億円に減少した。この間三和開発の顧客に対するローン貸付などを業としていた関連会社の常陽信販株式会社(被告山中が取締役ないし代表取締役)及び税金関係等の仮払金が二億四〇〇〇万円、四億三〇〇〇万円、五億九〇〇〇万円と累増し第一六期には七五三万円の営業損失を計上するなど経営が悪化した。しかし、この間も役員報酬が第一四、第一五期においては約九九〇〇万円計上され(うち、代表者被告山中及びその家族分が五一〇〇万円)、第一六期においても二一〇〇万円の役員報酬が計上されているが、昭和五五年ころ以降右報酬が現実に支払われたかどうかは被告山中信男本人の供述に照らし疑問があり、決算書上も第一五期において四三〇〇万円、第一六期においては六〇〇〇万円余の未払報酬が計上されている。右各期においては毎期七〇〇〇万円を超える次期繰越利益が計上されているものの、流動負債中の支払手形が第一五期の七四〇〇万円余から第一六期には二億六〇〇〇万円余に急増しており、売上の減少の中で運転資金の調達が容易でなかったことが窺える。そして、右常陽信販との関係では、昭和五七年一二月三一日付けで三和開発(代表者乙山秋夫)と常陽信販(代表者被告山中)との間で債権債務が一切ないことを確認する旨の覚書が作成された(請求原因5、(二)、(5)、(6)関係)。
2 三和開発の倒産原因に関して認定できるのは以上の事実であるところ、倒産の直接の原因となった前記約束手形振出の状況は必ずしも明らかでない上、前記「被害者の会」との和解契約の履行及び少なくとも被告山中に監督責任の懈怠があったというべき丙川一郎及び被告甲野の横領等の行為、更には三和コンストラクション株式会社の倒産についても、それが三和開発の倒産にどのように影響したかは必ずしも明らかではない。
前記常陽信販に対する仮払金が覚書によって消滅処理された経緯については不明朗な部分があることは否定できないが、甲第五八号証の右仮払金の増加の不自然さの指摘、あるいは被告乙山春夫、同(取下前)飯塚三喜男各本人の供述中被告山中の倒産責任に言及する部分をもってしても、被告山中信男本人の供述と対比して被告山中の倒産責任を確定するには不十分であり、ひっきょう、三和開発の倒産について被告山中、同乙山、同犀川らにその職務執行上悪意又は重大な過失があったことを認めるべき的確な証拠はないといわざるを得ない。
よって、原告らの請求原因5、(二)の主張は失当である。
九 被告山中の民法四四条の責任(請求原因5、(三))
被告山中は原告らに対し三和開発の代表者として自ら前認定の違法行為をしたものではなく、また明示的、黙示的にこれを知りつつ行わしめたともいえないことは上来認定の事実関係から明らかであるから、民法四四条に基づく被告山中に対する原告らの請求はすべて失当である。
一〇 被告甲野の責任(請求原因5、(四))
前認定のとおり、被告甲野は原告平野の前記損害(請求額から別紙被害状況一覧表「被害金額」欄②、③を除いた合計金二五八五万二一七七円)について民法七〇九条に基づく損害賠償義務がある。
一一 結論
以上の次第で、原告平野の請求は被告山中に対し金一六三五万二一七七円及び内金五七五万二一七七円の不動産購入関係の損害については不法行為後の昭和五五年一月一日から、内金一〇六〇万円の横領による損害については不法行為日である昭和五五年一二月二〇日から各支払済みまで民事法定利率による遅延損害金の支払いを、被告甲野に対し金二五八五万二一七七円及び内金五七五万二一七七円の不動産購入関係の損害及び内金六〇〇万円の貸金名下の損害の合計金一一七五万二一七七円については不法行為後の昭和五五年一月一日から、内金三五〇万円の貸金名下の損害については不法行為日である昭和五五年四月四日から、内金一〇六〇万円の横領による損害については不法行為日である昭和五五年一二月二〇日から各支払済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いをそれぞれ求める限度で理由があり、原告堀の請求は被告山中に対し金三五八万三九〇四円及びこれに対する不法行為後の昭和五七年一一月一日から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があり、原告西山の請求は被告山中に対し金二一一万一二九三円及びこれに対する不法行為後の昭和五七年一一月一日から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、これを認容すべきであるが、原告平野の被告山中、同甲野に対するその余の請求、原告堀、同西山の被告山中に対するその余の請求(原告堀については遅延損害金のみ)及び原告平野、同堀、同西山の被告乙山、同犀川に対する各請求並びに原告神門、同今井、同大井、同永島の被告甲野を除く被告らに対する各請求はいずれも失当として棄却を免れない。よって、右原告らの勝訴部分に対する仮執行の宣言について民訴法一九六条一項を、訴訟費用の負担について同法八九条、九二条、九三条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 荒井史男)
<以下省略>